3.見えない悪化因子



病院でこんな検査してもらった人多いでしょう?(※クリックで拡大)



検査法は色々あって、それぞれに感度や特異性の高さなど若干異なります。皮内テストでやってるところもあります。

で、この検査結果をもらって、「そうか、自分のアトピーの原因はダニだったのか。」と納得する人もいれば、「ダニなんてどこにでもいるんでしょ?こんな検査意味ないじゃん。」と思う人もいます。

それでは、あなたが、8月に検査して、下のような検査結果をもらったとします。



杉(花粉)でも高い値出てるでしょう?でも、この検査は8月の採血の結果ですよ。8月に杉の花粉は飛んでいません。だから、検査結果陽性なものが、即、悪化因子でないことがわかりますね。



それでは、この検査結果はまったく意味がないのでしょうか?杉花粉で鼻炎や結膜炎などのアレルギー症状を起こす人はこの検査結果で杉花粉が陽性に出る人がほとんどです。ですから、関係ない、とは言い切れませんね。



この検査の結果は、「この患者の家にダニが多い」と読むものでもありません。たまに、そういうとんでもない誤解をなさってらっしゃる方もいますので念のため書き添えますが。

この検査結果から読み取れるのは、「この患者の家や生活環境に、ダニが多ければ、この患者のアトピー性皮膚炎の原因はダニに対するアレルギー反応かもしれない」ということだけです。検査をする前よりも、この検査をした結果、その可能性がやや強まった、ということです。



ダニは、見えません。

しかし、生き物です。

日本中、人間はどこにでもいます。だから「人間なんてどこにでもいるじゃん」という意見は正しい。

しかし、密度の上で、東京大阪といった都市部には多いし、過疎の山の中に行けばほとんどいない。

フローリングの床にダニは少ない、と言われます。

統計的にはそうかもしれないが、個々の患者において通る話ではない

この患者のフローリングの床には、1平米あたり、コナヒョウヒダニとヤケヒョウヒダニ合わせて50匹以上いました。



50匹という数字が多いか少ないか、わからないでしょう?

下の写真の畳の上を同じ方法で調べると、1平米あたり1〜2匹でした。別に今流行の自然住宅でもなんでもありません。そんなに新しくもない賃貸アパートの和室です。



一般的に、「畳よりフローリングの部屋のほうがダニは少ない」とよくいわれますが、個々のケースにおいては、必ずしもそうとは限らないということになりますね。

なぜ上のフローリングの部屋にダニが多かったかというと、中廊下が貼り付け絨毯ですね。ここにダニが多かった。人間で例えると、名古屋くらいでしょうか?1平米あたり500匹くらいでした。

なおかつ、フローリングの床には成虫がほとんどだったのに、中廊下では幼虫・若虫の比率が高かったです。

中廊下の絨毯でダニが繁殖して、フローリングの床まで遠征してきていた、ということです。もちろん、肉眼では見えませんよ。


もし、親切なお医者さんがいて、血液や皮膚の検査結果について詳しく説明してくれて、部屋はフローリングか畳か尋ねて、「フローリングなら室内にダニは少ないでしょう。あまり神経質にならないほうがいいですね」と言ったとしたら、その先生は間違った指導をしたのかもしれませんね。



さて、クイズです。

下の写真の、掛け布団、毛布、床(じゅうたん)、この3つのうちどこにダニが一番多かったと思いますか?



床は、1平米あたり100匹、掛け布団には3匹、毛布は650匹でした。

この方が、ダニアレルギーの検査結果を見て、掛け布団を防ダニのものに買い換えたとしたら、よくなったと思いますか?そして良くならなくて、「私のアトピーの原因はダニじゃない。だって、高い防ダニ布団買ってみたけどぜんぜん良くならなかったもん。」と考えたとしてもおかしくはないでしょう。しかしそれは正しい判断だったと思いますか?

この方は、じゅうたんの掃除もこまめにしていました。布団もよく干していました。しかし、電気毛布って洗えないですよね。そして、ダニの繁殖にとっても適温なんです。私がダニだったら、こういうところで生活したいですね。



この子は3歳までステロイド外用していましたが、なかなかよくならず、徐々にステロイドを減らし、4歳からは完全に止めました。止めて一ヶ月経って、どこかで私のことを聞いて受診したのが2月ですから、ステロイドを絶って半年以上経ていますね。

なかなか治らないので、この子の家に行って、ダニがどれくらいいるのか、調べることにしました。ちなみに、検査結果では、ダニに強陽性で、大豆・ミルク・卵白などの食物は陰性、カビや犬猫などのペット類も陰性でした。



この布張りのソファは、この子のお気に入りの場所でした。毎晩、ここで体中掻きむしりながら、母親が少しでも傷つかないように下着の上から背中を掻くのを手伝ってやるんです。そして、なんとか寝入ると、上から毛布を掛けてあげてたんです。

このソファのダニは、平米あたり200匹以上でした

この子の親は何もしなかったわけじゃない。防ダニ加工の布団は2歳のときに買った。1歳時に通っていたクリニックでは、除去食もやってみた。塩水治療やら酸性水やら炭を風呂にいれてみたり、あらゆることを試してみた。

しかし、この子はこのソファで掻きながらでないと寝付かない。だからそうしてた。

このソファがダニの巣窟だとは思いつかなかったし、だれも教えてくれなかった。

ソファを捨てて、一年後です。



脱ステロイド後のリバウンドがおさまっただけかもしれない。ソファを捨てたのが正解だったのかもしれない。どちらかはわからない。

どっちでもいい。とにかくよくなったのだから。

この子の写真の使用に関しては、郵送による自由意志において、親御さんの書面での同意を得ています。



医者による診察室での診療には限界がある。

医者が治せないのではない。治らないのでも、治そうとしないのでもない。まして、患者や親が手を尽くさなかったのでもない。

98年のこの子が、一年後にここまで回復すると誰が予想できた?

治らないのではない。



そして、この子が、再び、何らかの悪化因子にさらされて、皮疹再燃をきたし、ステロイドを再開して外用しすぎることがなければ、いずれは、ダニが多かったあのソファで寝てもなんともなくなるのかもしれない。ステロイド離脱後は、皮膚の過敏性が亢進して、さまざまなものに反応しやすくなる。その時期をどう合理的に対処できるかだ。



一年前まで、私はいろいろなことを良く知っていて、この種の「見えない悪化因子」探しが上手だった。

たとえば、スギ花粉が過ぎて、梅雨入りはまだのころの悪化は、ネコの毛(生え変わり)によることが多かった。そう言っても、多くの患者はペットを手放さない。ほかの、ステロイドを含めた考えられるあらゆる悪化因子を外していって、最後に可能性として残ったのが一匹のネコだった。毎年5月ごろ必ず悪化して何度も白内障や網膜剥離の手術を受けたその患者は、ネコがたまたな亡くなった次の年からまったく悪化しなくなった



私にとって、ステロイドの長期連用は、単なる「気がつきにくい悪化因子」の一つに過ぎなかった。

「深谷はイソジンで治している」ともよく言われた。別にイソジンで治していたわけではない。

皮膚の表面に黄色ブドウ球菌という、アトピー性皮膚炎を悪化させることが判明している細菌が増えていることがある。これも見えない悪化因子だが、培養によって可視化することができる

直径3.5cmの赤い寒天のようなものを、患者の皮膚に下図のようにくっつけて、



培養すると、コロニーが形成される。これを数える。



白い点々がコロニーで、培地が黄変すれば黄色ブドウ球菌、上のは、コロニー数は多いが黄変してないので、表皮ブドウ球菌といって、アトピー性皮膚炎を悪化させない。

「じゅくじゅくしたところにはブドウ球菌はいるが、乾燥したところにはいない」と言う、培養したこともない開業医の先生がいたが、あれも勝手な思い込みだ。もしそうなら培養しなくてもいい。そんな楽なことはない。



脱ステロイド時に、ブドウ球菌が多く、イソジンで消毒をすすめ、良くなって一〜二年してから突然悪化しはじめ、全身湿疹が再燃した患者もいた。よくなってからもイソジン消毒を続けていたという。それで、イソジンで感作されて接触皮膚炎をきたしているのではないかと考え、イソジン消毒を止めてみるよう説得した患者がいた。彼はなかなか止めようとしなかった。「イソジンで良くなった」という思い込みが強かったのだろう。それで私はパッチテストで確認しようと考えたが、パッチテストできるようなまともな皮膚がなかった。それで唯一正常に近かった手のひらでパッチテストした。案じた通り陽性だった。それで彼も納得して消毒を止め、快方に向かった。



別にイソジン消毒でなくても、強酸性水でも、殺菌効果のあるものならなんでもいいのだ。抗生物質内服を避けた理由は、唯一、ブドウ球菌のMRSA(耐性菌)化を恐れたからだ。MRSA化するとどうしてよくないかというと、入院に当たって、院内感染対策のために、個室が必要となり、部屋が探しにくい。大部屋は空いていても個室は空いていないことが多い。

網膜剥離が急速に進行してなんとか個室は確保できて入院は出来たものの、眼科の先生が手術を躊躇されたことがあった。観血手術が必要で、皮表のMRSAが術後膿瘍を来たすのを恐れたからだ。

「手術はいつですか?」と懇願する彼を、私は、毎日顔を出して、あいまいな返事で励ますことしかできなかった。



アトピー性皮膚炎の患者で、星状神経節ブロックが別の疾患の理由で行われて、皮表のMRSAが押し込まれて、頚部硬膜外膿瘍を作って入院した患者もいた。

そんな現場を見てきた私だぞ。解るか?私が抗生物質は安易には使わず、イソジン消毒を重視してきた理由が。


* … * … * … * … * … * … * … * … *


インターネットを介して知り合ったkittyというハンドルネームの患者が一時期、遠方から私のところに通っていたことがある。このとき、上述の培養をして、黄色ブドウ球菌が検出されたので、イソジン消毒を勧めた

そのときのデータは、手元に残っている。

98.4.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.7.24 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.9.3 黄色ブドウ球菌コロニー数 >100
98.9.28 黄色ブドウ球菌コロニー数 10
98.11.5 表皮ブドウ球菌コロニー数
98.12.22 黄色ブドウ球菌コロニー数
99.4.23 黄色ブドウ球菌コロニー数
99.7.23 黄色ブドウ球菌コロニー数 20
99.11.16 表皮ブドウ球菌コロニー数
00.3.4 黄色ブドウ球菌コロニー数


イソジンによる除菌は成功した。しかし、kittyの皮疹はよくならなかった。だから私はほかに何か悪化要因があると考えた。

ステロイド離脱からは十分な期間が過ぎていた。季節的な変動が明らかで、毎年梅雨時から夏にかけて悪化するようだった。血液検査ではネコが強く、ハウスダスト、環境カビ、雑草花粉と続いた。

彼女はネコを飼っていないし、ネコによる悪化時期ともずれる。私は環境カビだと考えた。

実際に彼女の家に行ってみた。周辺に緑が多い、周囲より低い立地環境で、地面の水分は抜けにくく、建物北側にはコケがびっしり生育していた。

7月に訪問し、室内空気中の浮遊カビを測定し、室内の何箇所かに、カビの種を埋めた培地を設置し、後日回収してその生育状況から、その家のカビ易さを定量する方法(カビ指数)も行った。

室外の浮遊カビが非常に多く、それにつられて室内のカビも多かった。カビ指数も非常に高かった。

緑が多い、一見とても健康的な住宅地なのだが、カビアレルギー持ちの人には最悪の環境といってよい。

私は、せめて悪化する夏季だけでも、毎年その家からどこかに避難していれば、治癒(ステロイド離脱後の過敏性亢進の減弱正常化)は早いと考えて、そう勧めた。しかし、kittyは動かなかった。

彼女はプロトピックを用いたQOL重視の方法を選んだ。プロトピックについては、使用経験がなかったため、どうなるのか私には予想がつかなかった。しかし、とにかく少量使用に努め、結局は今年はもうこれで何ヶ月になるだろう?プロトピックなしですごしている。(編注:プロトピック使用量推移

今年も若干の夏季の悪化はあった。

ショートカットの方法は、上述したようにあったと思うが、彼女なりの理由あってのことだと思う。その選択の権利も結果も彼女自身のものだ。BBSのやり取りより



別のHPでmamiという昔の私の患者がHPで経過を公開している。(注1)

ステロイド歴は長く、離脱がむしろ早すぎるくらいだ、優等生だ、と言った覚えがある。

ステロイド離脱後の過敏性亢進期に何か、彼女にとっては「見えない悪化因子」に当たったのかもしれない。たぶん、そうだろう。

しかし、彼女は混乱しているだろう。

昔、私がアトピー性皮膚炎の診療をしているときだったら、まずは、自宅で静養始めて、少しずつでも確実に快方に向かっているのかを、写真を撮りながら経過を追う。

見守る。

再悪化したら、なぜ悪化したのかを徹底的に調べる。必ず何かがあるはずだ。単にゆっくりでも快方に向かうようなら、職場に原因があったのかもしれないが、それは迷宮入りだ。しかしそれはそれでいい


* … * … * … * … * … * … * … * … *


「書き残したこと」を書いていて、いろいろなことを思い出す。封印を解くというのはこういうことを言うのかと思う。その中には、私自身を蝕む「見えない悪化因子」があるようだ。

ロシア、バイカル湖のほとり、リストビアンカの小さなロシア正教の教会で、人々が祈るのを見て、私は泣いた。涙を流した。

私は宗教を信じない。もし、宗教を、神を信じられるならば、どんなにか、心が軽くなるだろう。

それを、いともたやすく、当たり前のようにしている人たちを見て、うらやましくて、泣いた。

私には、永遠にできないことだ。

忘れる前に、と思って、書き始めたこの文章と画像だが、やはりまだ自分は癒えてなかった。







03/10/17

注1)以前は、ここにmamiさんのHPのURLが記されていたのですが、現在は公開されていません。彼女は自宅で療養しながら、わたしの美容クリニックのHPを作ってくれたりしていましたが、たまたまそのデザインを見て気に入って下さったうちのお客さんのところで現在は働いています(元気です)。